■試験に出る総論 「情報化」の進展とともに、ひとびとのあり方、また関係のあり方の変容が観察されている。 しかし、新しい情報技術によってひとびとの関係が変わっているのだと単純に言うことは出来ない[技術決定論]。 メディアを使うのはひとであり、ひとのあり方に応じて、メディアはそのかたちを変えていくという相互作用がみられる[社会構成主義]。 #大切なのは、情報技術を恐れすぎないこと。逆に過剰な期待をしないこと。 #「こういう社会」に生きている自分、というものを相対化しながら、自分にとっての最適な解を見つける道具にすること。 ■情報化社会の定義と情報化社会論の視点 情報化社会の定義: 「デジタル化された情報のネットワークを、社会システムの前提として利用する社会」 情報化社会論は、デジタル化された情報のネットワークによって、 ・政治的+経済的システム ・人間のあり方/社会のあり方 が変わるとするもの。 ■情報化社会論の「歴史」 □第一次ブーム(1960年代:高度成長期。次の社会像を探ろうというもの)  ・梅棹忠夫の『情報産業論』(1963年)   文明論的観点から、農業→工業→精神産業という発展図式を立てる。  ・D.ベル、『脱工業社会の到来 : 社会予測の一つの試み』(1973年)  ・A・トフラー 『第三の波』(1980年)  #特徴:「進化論的な発展段階をモデルとして、産業社会の次の段階として、『情報化社会』を最上位に置く。」 =情報化社会のイメージ=  「産業社会」の特徴   ・機械技術のいちじるしい発展→消費社会へ   ・資本の集中化と官僚制的な機構   ・階級構造の変化 「新中間層」の増大と社会の平準化   →物質的な「豊かさ」のイメージと、機構や「消費システム」に組み込まれた人間像。  「情報化社会」のイメージ   ・自立的な市民像   ・垂直的な組織ではなく、水平的なネットワーク   ・(階級構造は特に変化なし?)   →物質的な「豊かさ」に裏付けられた精神的な「豊かさ」のイメージと、自立的な人間像。 □第二次ブーム(1980年代:「ニューメディア」) ビデオテックス網(日本ではキャプテンシステムと呼ばれていた)など双方向性をもつ文字・静止画通信技術を中心に、政府主導で提唱される。   しかし、日本ではニーズが掘り起こせず、うやむやに。 □第三次ブーム(1990年代前半「マルチメディア」〜1990年代後半「IT革命」)  ・「IT(Information Technology)革命」  情報技術によって、国家、社会、企業など組織のあり方を変革しようというもの。  ・国家:電子政府と情報公開  ・社会:NGO・NPOなどのネットワーク     :インターネットによるマスコミ情報の相対化  ・ネットワーク市民論     『ネティズン』(1995年) マイケル・ハウベン&ロンダ・ハウベン     『バーチャル・コミュニティ』(1994年) ハワード・ラインゴールド     いずれも、電子掲示板システム上のつながりを描こうとしたもの。        ←ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』(1962年)     近代市民社会の理念「公共圏」(Public Sphere)     情報ネットワーク技術は、ハーバーマスが「公共圏」の特徴としてあげている「平等性」「公開性」「自律性」の高いコミュニケーション空間を提供しやすいと期待されているが、資産・教育などで、ネットワークへの参加条件は左右されうるため、「デジタル・デバイド」が課題とされている。 ■メディアの定義 メディアの定義:media(「媒体」/化学用語としては「溶媒」 語源「霊媒」) 人間がコミュニケーションを行うための道具や記録媒体、情報を複製し伝播する通信技術 ・パーソナル・メディア(1対1)  例:電話・手紙 ・マスメディア/不特定多数の人々に情報を大量伝達するシステム(1対多)  例:テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・各種出版物 ・不特定多数が発信したものを不特定多数が見るメディア(多対多)  例:電子掲示板、Webなどデジタル情報技術。 ■さまざまなメディアの歴史と特徴 ・印刷   7世紀:中国(唐)で木版印刷開始  13世紀:1230年頃高麗で銅活字を制作、1403年李朝の王立鋳字所設立  14世紀:ヨーロッパで木版印刷開始        現存ヨーロッパ最古の刊記のある木版画は1423年「聖クリストファー」  15世紀:1440年代 グーテンブルクによる活版印刷の開始。  19世紀:「著作権」概念の成立  20世紀:国民教育による識字率の劇的向上と、本の大量生産 ・テレビ  1925年:テレビジョンの発明(米)  1929年:BBCテレビ実験放送を開始(英)  1953年:日本で本格的なテレビ放送の開始  1959年:皇太子(現天皇)成婚。パレードなどの中継が行われ、テレビの普及が進む。  1960年  =90年代以降のテレビ=  ・テレビの個室化  ・ながら視聴/断片視聴 ・電話  1835年:電信(電報)の実用化(米:サミュエル・モールス)  1876年:電話の発明(米:グラハム・ベル)  =「プレジャー・テレフォン」=  初期のアメリカ・ヨーロッパでの利用形態  ・劇場やコンサートホールの様子を生中継。  例:ブタペスト「テレフォン・ヒルモンド」(1893年〜第一次世界大戦)    株式情報などのニュースや、講演会・コンサートなどを放送。現在の放送編成の原型。  1906年 アメリカでラジオの送信実験はじまる。       技術化された当初は、双方向発信・受信が可能な無線電話  #ラジオと電話は、技術的な可能性としては重複していた。  #棲み分けにより、電話は双方向で一対一、ラジオは一対多の一方向で定まっていく。  1950年代〜 日本で家庭に普及が始まる  =玄関先から居間、個室へ=  ・家庭に入り始めた当初は玄関先に。(1960年代後半〜1970年代)  「家庭」というプライベートな空間と「外部」との接点として認識される。  ・居間への移転(1970年代後半〜1980年代)   おしゃべりの道具として日常化  ・電話の個室化(1990年代)   コードレス子機(のちに携帯電話)化による、一人一台に。 ・携帯電話  1946年:アメリカ・セントルイス市で世界初の自動車電話サービス開始。(手動交換式)  1970年:都市災害対策用の持ち運び無線システムとして東京都などでサービス開始。  1968年:トーンオンリー型ポケベル登場  1985年:「ショルダーホン」登場  1987年:「携帯電話」/「ディスプレイ型ポケベル」登場  1994年:携帯電話での「番号通知」サービス開始  1999年: i-mode対応携帯電話登場  ・個人「専用」の電話   (電話の個室化の延長線上)  ・「番号通知」を見て、かかってきた電話に出ない、という選択   受け手によるコントロールの強化。  ・「身体化」していく広告イメージ   ビジネス→ビジネス+プライベート→携帯を埋め込まれたサイボーグ   情報端末として更に進化?  =選択的な人間関係=  携帯電話の番号は、気軽に他人に教えられるものとみなされており、間口を広げる一方、番号通知選択によって、誰とコミュニケーションするかを選べるということで、「広く浅く」もあるが、選択というフィルターを通して「狭く深く」もあるような人間関係の象徴となっている。 ・インターネット  1969年:米国防総省高等研究計画局ARPANET誕生。  1995年 いわゆるインターネット元年。(各種ウェブブラウザ+ウインドウズ95)  1999年: i-mode対応携帯電話登場  =匿名性と「ほんとうのわたし」=  普及するにつれインターネットでは、匿名のままコミュニケーションをとるということが一般的になった。そこに、「生の現実」からの逃避と疎外を見ていく姿勢がある一方で、「ほんとうのわたし」の表出をネットでのコミュニケーションに求める、という図式が混在している。 ■メディア論の系譜 □ワルター・ベンヤミン(美学:1892〜1940)  「複製技術時代の芸術」(1936年)  「写真」「映画」などを中心に、芸術作品がもつ「唯一性の輝き(アウラ)」が失われるとした。 □大衆社会論  デビッド・リースマン(米・社会学者 『孤独な群衆』など)  ・口話コミュニケーションの文化  ・活字文化  ・ラジオ・映画・テレビなど視聴覚メディアに依存する文化   →ピューリタニズムと活字文化+黙読の習慣との結びつき。→内的志向型の人間に   →映画・テレビの登場→他人志向型の人間に □ウォルター・オング(英文学:1912〜)  『声の文化と文字の文化』(1982年)  ・声の文化   一回性。緊張感をもつ。  ・文字の文化   「閉じられたもの」としてのテクスト。 □マーシャル・マクルーハン(英文学:1911-1981年)  『グーテンベルグの銀河系』(1962年)  『メディア論』(1965年) ・メディアはメッセージである  どのような「内容」がメディアで伝達されるかではなく、メディアそのものの人を結びつける形式が問題 ・ホットなメディア/クールなメディア  メディアには、精細度(情報量の密度)がある。  低い精細度のメディア(クールなメディア)は、少ない情報量を補うために、受け手の参与性が高い。  高い精細度のメディア(ホットなメディア)は、受け手の参与を許さない。  →メディアの形式によって、ひとびとの参与が異なる □ポスト・メディア論  ・フリードリヒ・キットラー(ドイツ・文学&メディア論 1943-)   『グラモフォン・フィルム・タイプライター 1800/1900』(1985年)   18世紀末と、19世紀末のメディア技術の変化を分析。   『ドラキュラの遺言』(1993年)   ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)を、当時の情報テクノロジーと、ヨーロッパ周縁の土俗的な物語の戦いとして分析。  ・レジス・ドゥブレ(フランス・政治思想他 1940-)  「メディオロジー」   人間の思想を、内容だけではなくその媒体とともに考察するべきだと主張 ■メディアはどのように考えられてきたのか。 ・口話文化:(純粋なかたちでは先進国では喪失) ・印刷文化:近代的主体の揺籃?  視覚に縛られ硬直した人間のイメージ 対 自律した個人というイメージ ・映像文化:聴覚の復権  「文化中毒者」を産みだす媒体というイメージ 対 新しい紐帯を産みだす媒体というイメージ ・ネットワーク文化:情報の集積と交換の拡大  管理の強化というイメージ 対 情報に対して能動的な個人のネットワークというイメージ #どのイメージが正しくてどれが間違っているということではない。 #その場その場の文脈で、なにをどう考えていくべきなのかが肝心。