「情報社会」とはなにか 講師自己紹介 吉野ヒロ子 サイト「よしのさんのえいぎょう」 http://yoshino.tripod.com/ ・社会学(文系)  現象学的社会学・エスノメソドロジーが専門。 ・研究関心:個人ユーザーのオンラインでの経験やコミュニティのあり方 ・講義の目標:  ・「情報化社会」がどのように語られているか、整理する。   ・人間と現代の社会のかかわりを考えるツールとする。   ・安直な「情報化社会論」に踊らされないよう、基礎となる知識を身に付ける。  ・現在の社会に特徴的なメディアをとりあげ、そのあり方を考える。 ・個人的なメディアとのかかわり。  ・携帯PHSナシ。テレビ新聞ほぼ見ない。雑誌ほぼ買わない。  ・インターネット(1995年あたりから)と、本は大量に摂取。   情報化社会とはなにか 情報化社会の定義(90年代以降) 「情報通信テクノロジーによってデジタル化された情報のネットワークを、社会システムの前提として利用する社会」。 #デジタル化された情報ネットワークの例 ・インターネット ・iモード(携帯メール) ・企業システム(POSで吸い上げた販売データを情報として加工し、発注する。SCMほか) ・VOD(Video on Demand)  #日本では著作権・放送権・肖像権の問題から未発達。韓国などではブロード・バンド・サービスとして定着している。 そのことによって、 ・政治的+経済的にシステムが変わる ・人間のあり方/社会のあり方 が変わる、と言うのが情報社会論の基本的な立場。 #情報社会論では、インターネットなど、デジタルネットワークをインフラとしたメディアを扱うが、新聞・雑誌/テレビなど従来のマスメディアと置き換えられているわけでは、今のところない。 #メディアと人間、社会の関わりを考えていくなら、他のメディアの利用や、身の回りのひとびととの関係、というものもある程度視野に入れていく必要がある。 メディアの定義 メディアの定義:media(「媒体」/化学用語としては「溶媒」 語源「霊媒」)  →人間がコミュニケーションを行うための道具や記録媒体、情報を複製し伝播する通信技術 【発信者/受信者で分けると】 ・パーソナル・メディア(1対1)  例:電話・手紙 ・マスメディア/不特定多数の人々に情報を大量伝達するシステム(1対多) 例:テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・各種出版物 ・多対多のメディア:不特定多数が発信したものを不特定多数が見るもの  例:電子掲示板、Webなど。 【時間とメッセージの流れ方で分けると】 ・(ほぼ)リアルタイムのもの(パーソナル)  例:電話・携帯電話・チャットやオンラインゲーム ・受け手に一斉に送られ、同時に楽しまれるもの(マスメディア)  例:テレビ・ラジオ・新聞・(雑誌) ・必要に応じてアクセスされるもの  例:本・Web いろんなメディアの特徴 印刷・出版文化 いろんなメディアの特徴1:印刷・出版文化 =黙読の文化と近代的主体の成立(?)= ■東アジア 写本、版本、活字本  木版印刷:唐代(618〜)はじめ頃の中国で始まる    現存最古の印刷物:751年朝鮮仏国寺石塔の陀羅尼経、770年百萬塔陀羅尼経    現存最古の刊記のある木版本:868年唐の金剛般若波羅密経  活字印刷:1040年頃宋の畢昇が膠泥活字を発明  金属活字印刷:1230年頃高麗で銅活字を制作、1403年李朝の王立鋳字所設立 ■ヨーロッパ 写本、木版本  木版印刷:14世紀後半に開始、15世紀には木版本制作    現存ヨーロッパ最古の刊記のある木版画は1423年「聖クリストファー」  銅板印刷:15世紀中葉に登場 ■ヨーロッパの活版印刷 1440年代 グーテンブルク→ロシアをのぞくヨーロッパ各地に一気に普及。 写本時代には雑多にまとめられ、つなぎ合わされていた。 →ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』 19世紀初頭前後  ・ヨーロッパ各国で著作権の概念が成立し、法制化がはじまる。   #日本:滝沢馬琴(1767〜1848 『南総里見八犬伝』ほか)あたりから、「原稿料」で生活を立てるように。  →職業としての「作家」が可能に。  →「作者」の「所有物」として「作品」が定義づけられる。 19世紀後半〜第二次世界大戦  ・「国民教育」の拡大による識字率の向上  ・製紙および印刷技術の発展による、本の大量生産  →「一人で本を黙読する」ということが一般化   (それまでは、読める人に読んでもらう、ということが多かった)  柳田国男(民俗学):『明治大正史 世相編』(講談社学術文庫)で、プライバシーの低い日本の家庭のなかで、青年たちが黙読するという行為を通じて、プライベートな内面を獲得していったと記述。  「個人の内面」を重視するひとびとと社会の誕生。  オング、マクルーハンら(次週)など、メディア論によって、近代社会の特徴として強調される。 テレビ いろんなメディアの特徴2:テレビ 映像と音声のメディア →テレビが家庭に普及したことから、「メディア論(次週)」が生まれた。 国内でのテレビの歴史 1925年 「テレビジョン」の発明(米) 1926年 ブラウン管による電送・受像に成功(日本) 1929年 BBCテレビ、実験放送を開始(英) 1953年 日本で本格的なテレビ放送開始。 1956年 業務用VTR発売(米) 1959年 皇太子(現天皇)成婚。パレードなどの中継が行われる。200万台突破。 1960年 NHKと民放4局がカラーテレビの本放送をスタート。     (開始当初カラー番組は1日1時間) 1972年 NHK総合テレビが全番組カラー化。 1989年 NHK、衛星放送開始。  1991年 民間の衛星放送局「日本衛星放送」(JSB)開局(WOWOWなど)      NHK衛星、ハイビジョンの試験放送開始。 2003年 地上波デジタル化・・・ の予定。 =90年代以降のテレビ= ・テレビの個室化  テレビがリビングだけでなく、子ども部屋など個室に。  「家族で見る」時間の減少。マーケットを絞った番組づくりに。  番組内で、「一緒に誰かと見ている」という表現が入り始める。  例:バラエティ番組の中でVTRに見入るスタジオのタレントの顔が、VTR部分に挿入される。  mirainikki.jpg   ・ながら視聴+断片視聴  視聴時間の増大と、「とりあえずつけっぱなしにして、面白そうなところだけ」 「浸透した『現代的なテレビの見方』〜平成14年10月「テレビ50年調査」から〜」 http://www.nhk.or.jp/bunken/nl/n058-yo.html#000 「家族そろって見るのは小学生まで〜「家族の中のテレビ・2002調査」から〜 」 http://www.nhk.or.jp/bunken/nl/n049-yo.html#000 もうひとつのテレビ文化「ケーブルテレビ」の歴史については、 http://home.catv.ne.jp/dd/yynet/tv/rekisi.htm 電話 いろんなメディアの特徴3:電話(携帯電話については最終週で) 1835年:電信の実用化(米:サミュエル・モールス) 1876年:電話の発明(米:グラハム・ベル) 1877年:手動交換機の開発(交換手を呼びだして、自分と相手をつないでもらう) 1891年:自動交換機の開発(ダイヤルによって、直接相手と通話する) 初期のアメリカ・ヨーロッパでの利用形態「プレジャー・テレフォン」 ・劇場やコンサートホールの様子を生中継。  例:ブタペスト「テレフォン・ヒルモンド」(1893年〜第一次世界大戦)    株式情報などのニュースや、講演会・コンサートなどを放送。現在の放送編成の原型。  1906年 アメリカでラジオの送信実験はじまる。      技術化された当初は、双方向発信・受信が可能な無線電話として構想され、利用されている。  ラジオの歴史については  http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/6918/radio_history01.htm  #ラジオと電話は、技術的な可能性としては重複していたが、棲み分けにより、電話は双方向で一対一、ラジオは一対多の一方向で開発と利用方法が定まっていく。 日本では、家庭に普及しはじめたのは第二次世界大戦後。 家庭での電話の位置づけの変遷 =玄関先から居間、個室へ= ・家庭に入り始めた当初は玄関先に。(1960年代後半〜1970年代)  「家庭」というプライベートな空間と「外部」との接点として認識される。 ・居間への移転(1970年代後半〜1980年代)  おしゃべりの道具として日常化   ・電話の個室化(1990年代)  家族に電話を聞かれることをめぐる親子などの争い。  コードレス子機(のちに携帯電話)化による、一人一台に。 インターネット いろんなメディアの特徴4:電子ネットワーク・コミュニケーション インターネットの歴史 http://terakoya.yomiuri.co.jp/shiro/rekishi/nenpyo/ 1962年 リックライダー、「ギャラクティック・ネットワーク」構想を発表 1969年 米国防総省、ARPA(高等研究計画局)に、分散型コンピュータ・ネットワーク構築を指示。      ARPANET誕生。(核戦争を想定し、中央の拠点が破壊されても組織網を維持することが目的) 1982年 ARPANETにTCP/IP採用。 1991年 CERN(スイス)で、WebシステムとHTML策定。 1993年 ウェブブラウザ「Mozaic」 1994年 いわゆるインターネット元年。      ウェブブラウザ「Netscape」 1995年 ウインドウズ95。取り扱いやすいパソコンとして個人利用が急増。      ウェブブラウザ「Internet Explorer」 1999年 NTTドコモ「i-mode」サービス開始。 最近の普及率:『平成14年版 情報通信白書』参照 http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/h14/ 現在の主要なサービス ・メール ・Web(ホームページ) ・チャット(文字のみ/音声チャット/動画チャット) ・ストリーミング放送(ネットラジオ/動画配信) ・ビデオオンデマンド ・ファイル共有 ・ネットワークゲーム =「わたし」の分解と「わたし」の肥大= 「メール」で言えること、「チャット」で言えること、「電話」で言えること、面と向きあって言えることは、それぞれずれていく。また、既に見知っている人だけでなく、匿名性の高い場で出会い、コミュニケーションを重ねていくにつれて、そのずれは加速していく。 そこにおいて、確固とした主体としての「わたし」の自明性は揺るがされる。 また、それとは逆に自己の語りが肥大化するという傾向もみられる。「ほんとうのわたし」をネットでのコミュニケーションに求める、という図式を、インターネット普及期に作られた、メールなどで出会った男女の恋愛を描いた映画『ハル』(1995年)、テレビドラマ「WITH LOVE」(1998年)、映画『ユー・ガッタ・メール』(1999年)に読み取ることができる。 (詳細は第4回に) 多メディア環境で生きるということ 多メディア環境でどのようにわたしたちは生きているのか ・個人の傾向によるメディア利用の違い  現在の「インターネット」「携帯電話」など、新しいメディアの普及期には、早く受け入れて楽しむ人と、無関心なままの人や、警戒・嫌悪感を示す人など、バラつきが出る。  →メディア利用の違いによる、社会的経験の違い。 ・メディアの使い分け  あるメディアが普及しても、それで従来のメディアが単純に置き換えられるわけではない。  目的などによって、メディアは平行して使い分けられる。  それぞれのメディアとどのように対するか、という「メディア・リテラシー」(メディアを使いこなす能力)に直結してくる。 ・メディアを融合させた使い方  テレビ番組にメールでコメントを送る。  番組内容と融合させた試み。  例:「恋するM」(フジTV):視聴者からのメールを読み上げるミニ番組   http://www.fujitv.co.jp/b_hp/koim/  例:インターネットでのストリーミング放送とチャットを組みあわせたクラブイベント。   「Re:Response」6/14(土)@早稲田sabaco 18:00-23:00 2500円(事前登録2000円)+1ドリンク   http://re.dmz-plus.com/  =思考実験= 常識を覆すようなニュースが飛び込んできたとき、どういう媒体なら信じるか。 また、ニュースに接して、どういう行動を取るか。 yoshinoh@vanilla.freemail.ne.jp (cc:mami_k@keisen.ac.jp) 件名:恵泉初回思考実験 ◆首都中枢部を謎の集団が占拠。機動隊出動。 ◆首都中枢部を半魚人が占拠。機動隊出動。 記入例  1.テレビ   (信じる)   (次の行動:とりあえず、親に電話) ----ここから下をコピーしてメーラーに貼り付ける---- 学籍番号: 名前: 生年:19XX年 日常的に使っているメディア(使っていないものを消去) テレビ 電話(固定電話) 携帯電話・PHS インターネット(自分の興味で。授業などで使っているだけの場合はのぞく) 新聞  ◆首都中枢部を謎の集団が占拠。機動隊出動。  1.テレビ   (信じる/信じない)   (次の行動:)  2.新聞   (信じる/信じない)   (次の行動:)  3.インターネットのニュースサイト(新聞社系)   (信じる/信じない)   (次の行動:)  4.インターネットの掲示板   (信じる/信じない)   (次の行動:)  5.友達や家族から電話・携帯電話   (信じる/信じない)   (次の行動:)  6.友達や家族からメール・携帯メール   (信じる/信じない)   (次の行動:)  7.友達や家族から直接聞く。   (信じる/信じない)   (次の行動:) ◆東京湾に半魚人500人が上陸。  1.テレビ   (信じる/信じない)   (次の行動:)  2.新聞   (信じる/信じない)   (次の行動:)  3.インターネットのニュースサイト(新聞社系)   (信じる/信じない)   (次の行動:)  4.インターネットの掲示板   (信じる/信じない)   (次の行動:)  5.友達や家族からの電話・携帯電話   (信じる/信じない)   (次の行動:)  6.友達や家族からメール・携帯メール   (信じる/信じない)   (次の行動:)  7.友達や家族から直接聞く。   (信じる/信じない)   (次の行動:) ----コピー↑まで---- 情報と社会をからめて考えることの意味 情報と人間、社会をからめて考えることが、なぜ必要なのか。 ・「社会」の紐帯を担う媒体であること  例:「国民国家」の成立と、メディアの発達の関係を分析したベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』    反例 記録媒体は縄文字(結び目で数字、糸の色でを記録)のみで帝国を形成していたインカ帝国 ・「ひと」と「ひと」との媒介であること  例:電話/携帯電話/メールなど 電話とラジオのあり方のように、メディアの技術のあり方は、社会的な要求にもとづいて方向づけられ、またメディア経験を通して人も変化していく。 情報化社会論の「歴史」 情報化社会論の「歴史」  基本的には、「情報化によって社会が大変革する」という議論。  最近、インターネットなどの技術によって登場したように思われるが、相当前からビジョンはあった。  #「情報(化)社会」という概念は日本発。 ■第一次ブーム(1960年代:高度成長期。次の社会像を探ろうというもの)  ・梅棹忠夫の『情報産業論』(1963年)   文明論的観点から、農業→工業→精神産業という発展図式を立てる。   #梅棹忠夫:民族学・比較文明学 国立民族学博物館初代館長  ・「脱工業化社会論」   D.ベル、『脱工業社会の到来 : 社会予測の一つの試み』(1973年)   前工業社会 :農業を中心とする社会 (アジア・アフリカ・ラテンアメリカ)   工業社会 :大規模機械化工業を中心とする社会 (西欧・ソ連・日本)   脱工業社会 :知識・サービス産業中心 (アメリカ)  ・A・トフラー 『第三の波』(1980年)   第1の波:一万年前の農業の発明   第2の波:産業革命   第3の波 :1955〜65 年にアメリカに初めておとずれた情報革命        生産者としての役割を合わせ持つ消費者が出現  これらの論(「未来学」と総称されてもいた)の特徴  「進化論的な発展段階をモデルとして、産業社会*の次の段階として、『情報化社会』を最上位に置く。」  * 産業社会の特徴   ・機械技術のいちじるしい発展→消費社会へ   ・資本の集中化と官僚制的な機構   ・階級構造の変化 「新中間層」の増大と社会の平準化 ■第二次ブーム(1980年代:「ニューメディア」)  □ビデオテックス網(日本ではキャプテンシステムと呼ばれていた)など双方向性をもつ文字・静止画通信技術を中心に、政府主導で提唱される。   地域網での住民向けサービスや、ゲーム、チャット、掲示板などのサービスもあった   専用端末を使用し、電話回線を利用したネットワーク。ディスプレイはテレビを利用。   ゲーム機をネットワーク端末として利用するサービス   ・ファミコン+外付けモデム(「ディスクファックス」1988年)   株取引、ネットバンキングなどの端末として利用を予定。   しかし、日本ではニーズが掘り起こせず、うやむやに。   →フランス:ミニテル(フランス)    オンライン電話帳として端末(ミニテル)を電話回線契約者に配付する。    1981年サービス開始。    1984年から決済サービス「キオスク」。    生活情報や通販、チャットや掲示板サービスも。    現在でも、インターネットとは別に生活に根差している。    ・端末が一気に普及し、またそのコストをユーザーが負担しない    ・セキュアな決済手段と課金システムのために、商用利用が発達 ■第三次ブーム(1990年代前半「マルチメディア」/1990年代後半「IT革命」)  □「マルチメディア」  パソコンの高機能化を受けて。文字・静止画・動画・音などを総合的に扱い、インタラクティブ性を付与したもの。教育などの分野で期待される。  □「IT(Information Technology)革命」  情報技術によって、国家、社会、企業など組織のあり方を変革しようというもの。  ・国家:電子政府と情報公開  ・社会:NGO・NPOなどのネットワーク     :インターネットによるマスコミ情報の相対化  ・企業:SCM(Supply Chain Manegement)など生産・流通の効率化     :CRM(Custemer Relationship Manegement)顧客情報の集約化 「情報社会」は、ほんとうにポスト(post)産業社会なのか。  →いまのところ「より便利になった」産業社会・・・なのではないか。 参考文献 黙読文化へのシフト ・『近代読者の成立』前田愛(1973-1993年 岩波同時代ライブラリー)  #前田愛は日本文学者。明治時代の小説を中心に、日本における近代的な読者の成立を検証。   電話について ・『メディアとしての電話』 吉見俊哉・若林幹夫・水越伸(1992年 弘文堂)  日本での電話研究で優れた本。メディアとひとのかかわり全体を視野に。 情報化社会論について ・『ノイマンの夢・近代の欲望』 佐藤俊樹(1996年 講談社選書メチエ)  情報化社会論の変遷と批判的な検討について。